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Lotus pond after typhoon

Γιουρένκαです。
お盆時期となり、蓮が大活躍な頃となりましたね。

Lotophagoiのサイトなどで使用している蓮の写真は、私が以前から撮っているものです。このサイトのメインビジュアルは上野公園の蓮ですが、この記事の蓮は先日『遊行寺』に行った際の社務所の蓮です。昔から実物はもちろんイラストや蓮柄も好きで、好きすぎて、仏具にまで手を出しそうになることがあります。

上野公園までよくお散歩に行くのですが、そのお散歩コースにはたびたび東京国立博物館が入ります。
そうキャンパスメンバーなので、無料で見学できるんです。
「今日は平成館」「今日は東洋館」「今日は法隆寺館」と建物を決めて見に行きます。
展示替えもあるため、何度足を運んでも新鮮ですね。
仏像と一緒に、蓮の絵や蓮を模した文様、装飾物など色々楽しめます。

夏の不忍池は蓮が見事なのですが(花をメインに観るなら早朝がおすすめですがね)
上野公園の蓮池を眺めていると、この頭上に広がる宇宙まで想像が膨らみます。
仏教のこの世の概念は、この世(宇宙)は無数にあり、それは池に無数に浮かぶ蓮の上にそれぞれの宇宙があり、、何千年も前の人が、今の物理学者が唱えるマルチバース理論のような世界観を既に持っていたというのも驚くのですが、思想を具現化して表す例として、池に咲く無数の蓮を使って説明するのはぴったりだったんだろうな〜と。
概念を伝えやすくするために、立体的に表したのが仏像や仏具。特に仏像の台座なんかが、もうそのもので。
言葉の説明無くして、ビジュアル一発で世界観を伝えるために実に洗練されて、秀逸であると思います。

イメージを第三者に伝える時に、目の前にあるものを使って説明するとわかりやすいですものね。
音楽もまた同じように、イメージがあっても『音』として第三者に伝える時には、どうしても目の前にある現代の楽器を奏でるしかないのですがね。そうであっても、違う見せ方や方法で新しいものを構築できないかと考えます。
Lotophagoiでも、Lotophagoiのフィルターを通して世界を見た時の”肌感覚”を大事に表現していきたいと思います。

蓮の話しをしてますが、Lotophagoiはロータスイーター、つまり蓮を喰う人のことを意味しますが
違う意味が隠れています。蓮はいわゆるハスでないかもです(^^)古代ギリシアの長編叙事詩『オデュッセイア』に出てきますね。その話しは、またそのうちに♪♪♪

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